手賀沼の浚渫は必要か?
手賀沼ヘドロしゅんせつ事業:柏市ら周辺首長、知事に再開要請
手賀沼の水質浄化につながるヘドロのしゅんせつ事業を県が中止した問題で、本多晃柏市長ら地元7市1村の首長らが23日、県庁で堂本暁子知事に事業再開を要請した。
(毎日新聞 2007.07.24)
そもそも手賀沼の水質浄化のために、従来の浚渫が果たしてどれだけ効果があるのか、明確なデータが必要だろう。
ヘドロ浚渫が「手賀沼浄化」に効果があることは間違いない。手賀沼から物理的に汚染物質を取り除くわけだから、一定の効果はあるといっていいだろう。
しかし、手賀沼に対する施策としてこれがすべてかというと、その辺に対して十分議論がされているのか疑わしい。
北千葉導水を引き込んだことで、表面的な水質は間違いなく改善している。これがどういうことを意味しているかというと、極めて短絡的に結論をいうと、北千葉導水で利根川の水を引き込んでいる限りにおいて、ヘドロの浚渫をする、しないに関わらず、数値的な水質はほとんど変化しないということである。裏を返すと、手賀沼はどんなに頑張っても、利根川以上はきれいにならないということでもある。
千葉県としては、してもしなくても数値的に効果の見えない浚渫事業に、莫大なコストをかける意味があるかどうか?と、手賀沼流域以外の県民から問われれば、それに対して明確に説明できる材料がなくては決して安くはない事業費をかけて、事業として継続していくのは難しいのは当然のことである。
とにかくそこにヘドロがあるのだからいくら金がかかろうと浚渫するのが当たり前だろうという理屈は、地域住民のエゴでしかない。
また、記事によると、堂本知事は「底泥のリン濃度をモニタリングして、必要があれば従前実施のしゅんせつを再開する」と前向きに回答したというが、リン除去の方法が浚渫しかないわけではないだろう。
他の地域にも、それぞれ解決しなければならない問題があり、手賀沼のヘドロ浚渫を含めた、それら多数の問題の中で優先順位を考えるとき、手賀沼の問題をより上位にするためには、そこにはより客観的かつ科学的な理屈が必要になるだろう。
県がこれらの問題にかけられる予算は限られているし、その原資は税金なのだから、よりコスト対効果が期待できる事業を優先するのは決して公益に反するものではない。したがって、手賀沼のヘドロ浚渫がその点で評価されるのはしごく当然のことである。
また、既に北千葉導水という、こちらもかなりのランニングコストがかかる事業をしているところに、重ねてコストのかかる事業を行うことが、その理屈に沿うものかどうかも冷静に考えなければならない。
決して、手賀沼が今の状態でいいということではない。
手賀沼環境を多様な視点で考えたとき、もっと金をかけるべきことが他にあるのではないか?
安易にこれまでと同じことを続けるのではなく、もっと頭を使っていろいろ試行錯誤しなければならないことがあるのではないか?
そして、その努力をしなければならないのは誰なのか?
そういったことを前提としてきちんと議論された上での要請でないと、せっかく7市1村がそろっても、かえってその価値を下げるだけのような気がしてならないのである。





